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2006年6月 3日
恐怖の電話応答せず。

あまりにも長いシリーズを書いてしまったため、読者のみなさんは忘れていらっしゃるかもしれませんが、年始にブログのラインナップを載せた中でいまだに発表していないものが、あるのである。
6ヵ月も経って、まだ発表していないものがあるのは心苦しいので、今日はさっそくラインナップのひとつを発表することにする。

この物語は、「平様はお強いお方」の舞台になったあのシティホテルが舞台なのである。
世間的にはとても知名度があるシティーホテルなのだが、あまりにも大きすぎるホテルゆえ、サービスがやや悪いのである。
私は、このホテルに3年もお世話になっていたので、内々の事情は大体、把握できるのであるが、どうもお客様の数に比べて、従業員の数が圧倒的に少ない模様である。
チェックアウトの時間などは、フロントに長蛇の列ができるのである。
従業員はニューフェイスの人が多のだが、あまりにも人使いが荒いため、どうやらベテランさんが残らない模様なのである。

3年間もこのホテルを利用していると、フロントマンにも何人か顔なじみができたりして、このホテルのことは、ある意味、隅から隅までわかってしまうのである。
そのため、部屋のナンバーを聞くだけで、この巨大ホテルで今日泊まる部屋が、エレベーターから遠いのか近いのか、すぐにわかってしまうのである。

ある日のこと、チェックインをして部屋番号を聞いたところ、エレベーターから一番遠い部屋だとわかったのである。
何分、巨大ホテルゆえ、エレベーターから一番遠い部屋は、その階でエレベーターを降りてから50m近く歩く羽目になるのである。
私は、ちょっと嫌味を込めてフロントマンに言ったのである。
「私の運動不足を気遣っていただいて、どうもありがとう。おかげでこのホテルの滞在中は、多少はダイエットができそうですね。ハハハ」
乾いた笑いとともに、できたらエレベーターから近い部屋にしてね、というオーラを送ったつもりだったのだが、なぜかそれ以来ずっと、私はこの部屋にされるようになったのである。
あまりにも毎回毎回、この一番遠い部屋が続くので、フロントマンに「なぜ、最近はいつもエレベーターから遠い部屋なのかな?」と聞いてみたところ、
私の情報メモに、「平様はこの部屋がお好き」と書いてあったそうなのである。
もちろんすぐさま書き直してもらった。

さて、ある日のこと、私は、翌日大阪に帰るために早朝にチェックアウトするので、それに備えて、荷物の整理をしていたのである。
いつものことながら、来るときにはちゃんとトランクに収まっていた衣類などが、帰るときには、なぜかトランクがいっぱいでカバンが閉まらなくなっていたのである。
行くときは、うちの奥様が、丁寧に衣類をたたんで入れてくれるのであるが、帰りは私が丸めたまま詰め込もうとするので、こういうことになるのである。
面倒くさがりやの私は、「そうだ!洗濯物だけ箱に詰めて宅急便で送ってしまおう!」と考えたのである。
ところが、翌日の朝のチェックアウトの時間が早かったので、宅急便専用カウンターの受付時間前に荷物を出したかったので、その手続きがフロントでできるかどうか確認しようとフロントに電話してみたのである。

♪プルプルプルプル プルプルプルプル
コールは、するものの出ないのである。
「ほほう、また混雑しているのであろう。もうちょっと従業員を多くしてあげればいいものを、最近、ホテル側も効率化ばかりで、従業員はたいへんだなぁ」などと思いながら待っていたのだが、コールは1分、2分と鳴り続けているのである。
「おや?いくらなんでも待たせすぎじゃないの?」とイライラし始めたのであるが、勝手知ったるホテル、顔見知りのフロントマンが多いゆえ、気長に待っていたのである。

♪プルプルプルプル プルプルプルプル
ついに3分以上経過。
いつもなら、「仕方がないなぁ」とかけ直すのであるが、こんなときにまたもや、タマールさまが降りて来られたのである。
そして、私にもうしばらく待ってみるように言うのである。

♪プルプルプルプル プルプルプルプル
ついに5分経過。
ふと、フロントマンの立場になって考えてみたのである。
「先ほどからずっと鳴っている回線がある。誰も取らないまま、5分が経過している・・・」
この電話を取れる従業員がいるならば、それは勇者であろう。
このタイミングで、不幸にもほかの電話を切ってしまった従業員がいたとしても、この鳴りっ放しの電話を取るよりは、何か忙しくするふりをしてしまうのが普通であろう。
きっと、手があいた従業員はみんな、忙しいふりをするのに忙しく、誰もこの電話をとろうとしないのであろう。

こんなつまらないことを考えている間に8分経過。
もはや、この電話はフロントの現場では、核兵器に匹敵するほど、恐怖以外の何ものでもないであろう、
しかしながら、ここまできたら、私としても何とかこの電話をとってもらいたいのである。
「この電話を取れるとしたら、あの今年入ってきたばかりのさわやかなA君だろうか?それとも入社2年目で、私がフロントナンバーワンの美貌と評価するB嬢であろうか?いやいや、この電話を平気で取れるのは、きっと、私をエレベーターからはるか遠くのあの場末の部屋に追いやったC嬢であろう」などなど私の想像は限りなく膨らむのである。

が、しかし、誰も電話を取ってくれないのである。
「何とかこの電話を取ってもらいたい。誰がこの電話を取ってくれるのか?」ととても楽しみにしているのだが、このままではスルーしてしまわれそうなので、私は次の手を打つことにした。
手元にあった携帯電話から、このホテルの代表番号に電話をかけたのである。
「すいませんけど、今、○号室からフロントに電話をかけているんですが、誰にも取っていただけないんです。何とかこの電話を取っていただけるように言っていただけないでしょうか?」
代表電話に出たオペレーターは、当然のことではあるが、事態が把握できないようで、「このままフロントにおつなぎしますか?」と申し出てくれたのであるが、「いえ、それには及びません。今、鳴りっぱなしになっている電話を何とかフロントの方に取っていただけるようにお願いします」とと言って、早々に電話を切ったのである。

そして30秒後、ついにこの電話がつながったのである。
「大変お待たせして、申し訳ございません」
と電話に出てくれたのは、あのさわやかなAくんであったのである。
すごく緊張している彼の声を聞いたときに、すべて悟ってしまったのである。

きっとまわりのみんなに指名されて、Aくんが無理やりこの電話を取ることになったのであろう。
「Aくん、貧乏くじをひいたね」と言ったところ、Aくんは、つい本音が出たのか「うん」と言ったのである。
フロントマンの「うん」は、とてもおもしろかったのである。
「電話に出てくれてどうもありがとう。もう、誰が出てくれるか楽しみで、楽しみで、電話を切れなかったんだよ」とAくんに伝えたところ、
「平さん、勘弁してくださいよ。私、死ぬかと思いましたよ」とAくんは言ったのである。

一人ぼっちの長く、つまらない出張、こんな楽しみぐらいなきゃ、やってられないのである。

おわり。

2006年6月 3日 00:00