2008年4月 5日
野球少年
春の高校野球もとうとう終わってしまったのである。
高校野球はけっこうマニアチックに好きなのである。
だからして、ついつい見てしまう。
とはいえ、昼は仕事があって見られなかったりするので、高校野球のダイジェスト版の番組である「みんなの甲子園」を毎晩見てから寝るようにしているのである。
家で父親が高校野球を見て、一喜一憂するものだからして、我が家では、息子も高校野球ファンになってしまったようなのである。
テレビで高校野球を見ていると、なぜか燃えるのである。
そして、燃え上がった魂をおさめるべく、わが息子はDSの高校野球ゲームにはまっているのである。
そして、自分が150kmを投げるスーパー投手の主人公になり、ゲームの世界で甲子園を戦ったりしているのである。
この手は、昔、私もテレビゲームでやったことがあるので、気持ちはよくわかる。
しかしながら、大人の私は、今さらテレビゲームでもなかろうと思い、ついつい息子相手にキャッチボールをしたり、息子と一緒にバッティングセンターに行ったりしているのである。
最近のバッティングセンターは、150kmの剛速球を投げるマシンから、カーブやスライダーなどの変化球を投げるマシンまである。
さらに、それらの球種をミックスにしたタイプのマシンがあり、「レッドソックス松坂と対戦」というように松坂の投げるストレートや、スライダーをピッチングマシンで体験できるようになっているところもあるのである。
高校野球で燃え上がった魂を持つ我々親子は、バッティングセンターでも燃え上がるのである。
ところがである。
バッティングセンターは、結構、高いのである。
1,000円でカードを買うのであるが、そのカードで3ゲームしかできないのである。
1ゲームは、20球打てるだけなのである。
結構、あっという間に終わってしまうので、息子と2人でやるとついつい2、3,000円分は軽く使ってしまうのである。
当然ながら、2人のおこづかいはすぐなくなる。
しかしながら、高校野球のこの時期だけは、私の小学生以来の野球好きの魂が燃え上がるのである。
私の通っていた小学校は、神戸市一の過疎の村の小学校だったのである。
今では、子供たちは、スポーツといえばサッカーという傾向が強いのであるが、私の時代は、野球だったのである。
ちょうどその頃、テレビアニメで「巨人の星」をやっており、子供たちはみんなプロ野球選手になるべく、野球をやっていたような時代だったのである。
当時、私たちの小学校にも、少年野球のチームがあったのである。
私も、何も考えず、その少年野球チームに入ったのだが、なんと、私たちのチームは、たまたま偶然ではあるのだが、ものすごく強かったのである。
しかしながら、当時の私たちはそんなことはまったく知らなかったのである。
我々の小学校の近くに、神戸市役所の出先機関である出張所があった。
過疎の村の出張所なので、する仕事などほとんどなくとても暇だったようである。
そして、そこにたまたま赴任してきた出張所長が、野球の心得があったため、我々のチームの監督となって、面倒を見てくれたのである。
我々のチームは、本格的な野球経験者から指導を受けることができ、またたまたま優秀なメンバーが集まっていたためか、どんどん実力をつけていったのである。
毎週、日曜日ごとにいろんな小学校と練習試合に行くのだが、負けた記憶がないのである。
それどころか、接戦になった記憶もないのである。
いつもコールドゲームばかりだったのである。
だから、うちの監督はいつも我々に、「地区大会で優勝し、そして、神戸市大会で優勝するのだよ」と吹き込んでいてくれたのである。
そして、実際、練習試合でも、我々は負けた経験すらなかったので、きっとそうなるものだと思い込んでいたのである、。
我々の小学校は強かったので、神戸市の北区の地区大会では、AチームとBチームの2つのチームで参加した。
Aチームは一軍、そして、Bチームは二軍で構成していたのであるが、なんと、Aチーム、Bチームともに準決勝まで勝ち進んだのである。
準決勝の第1試合は、Bチームがコールドで敗れた。
しかし、Bチームは二軍だったので、よく準決勝まできてくれたなぁ、くらいにしか思わなかったのである。
が、なんと、私が所属していたAチームも3対2のさよなら負けを喫してしまったのである。
ものすごいショックだったのである。
それまで、負けたことがなかったし、接戦も経験したことがなかったのであるから、まったくもって負けたことが信じられなかったのである。
後に、私たちが負けたこのチームは、神戸市大会で優勝することになるのだが・・・
そんな経験をしながら、私は中学生になったのである。
私が入ったのは、中高一環の私立中学で、高等部は当時、甲子園の常連校だったので、野球に自信があった私は、中等部の野球部の練習を見に行ったのであった。
ところがである。
そこで見たのは化け物のような選手ばかりであった。
中学生のくせに、おっさんのような体型の選手たちが、ものすごいボールを投げたり、打ったりしているのである。
もちろん、野球部に入るのは即刻やめたのであるが、そんな人たちが集まっているような野球部でも、甲子園に行くことはできなかったのである。
だから、甲子園に出場する選手はいったいどんな人たちなのだろう?という思いが、いまだに私の中に強くあるのである。
だからして、いつも高校野球のシーズンは、中継に見入ってしまうのである。
2008年4月 5日 00:00