2008年5月17日
沖縄について思い出したこと
さて、沖縄には、なぜこのような奇妙な料理が多いのであろうか?
なぜだか私にはわかるのである。
どうも、感性が、うちのばあさんに似ているのである。
うちのばあさんは93歳で他界したのだが、とにかく新しもの好きのばあさんであった。
昔々、冷麺を食べさせたところ、いたく気に入り、なんとか自分で作ろうとし、そして、日曜日の朝がくるたびに、私に自家製冷麺を作ってくれたのである。
その冷麺とは、うちにあった冷やしそうめんを、だしがなくなるぐらい煮つめた代物だったのである。
とてもじゃないが、食えたものではなかった。
「やはり、ダメだったか、あぁ??」と落胆するうちのばあさんだが、けっしてそれに懲りることなく、毎週、日曜日の朝、冷麺にチャレンジしつづけていたのである。
まさに沖縄料理は、うちのばあさんのあの感性とチャレンジ精神と一致するのである。
たぶん、食堂を経営する沖縄のばあさんが、なにかの拍子にすき焼きを食べたのであろう。
ところが、牛肉は高いので、豚肉にしようとしたのであろう。
沖縄では、白菜はめったに売られていないので、代わりにてきとうな菜っ葉を入れ、煮込んだのであろう。
で、「たしかこんな味だったかなぁ」というところで沖縄風味に味つけした結果、あのすき焼きができあがったのだろうと思う。
これは聞いた話なのだが、私の友人が沖縄の離島に行ったとき、にぎり寿司をそのまま揚げて天ぷらにしたものを食ったらしいのである。
だいぶカルチャーショックだったようなのであるが、この発想もなんとなく理解できるのである。
たぶん、きのうの夜、作ったにぎり寿司だったのであろう。
捨てるのはしのびないので、「揚げて天ぷらにしてしまえば、まだ食べられるのではないか」という発想なのではないだろうか。
友人曰く、そのにぎり寿司の天ぷらが、めちゃくちゃウマかったらしいのである。
ふつう、「食えたものではない」とイメージするもわけだが、あまりにもウマく、「おかわりをした自分が許せない」と言っていたのである。
とにかく、なんでもありの沖縄料理は、おばあちゃんの味なのである。
ところで、沖縄に9カ月も通っていると、けっこう沖縄のいろんな人と顔見知りになったりするのである。
そのなかで、当時、カルチャーショックを受けたことがあるのである。
沖縄の人の言葉で“サーダカ生まれ”というのがあるのである。
これは、生まれもった才能で、見えないものが見えたりする人のことなのである。
“ユタ”という霊能者が沖縄にいるというのは有名なのだが、ユタは基本的に、全員、“サーダカ生まれ”なのである。
なぜ、「基本的に」と書いたかというと、当時からもうすでに、“観光ユタ”と呼ばれる、本土からやってくる観光客相手に占いをする“偽物ユタ”がとても多かったのである。
また、“サーダカ生まれ”が、全員、ユタになるわけではないのである。
“サーダカ生まれ”の人は沖縄にはけっこうたくさんいて、八百屋のおじさんであったり、喫茶店のおばちゃんであったり、けっこう日常にとけ込んでいるのである。
当然、こういう人たちは、いろいろとあてにされたりしているのであるが、それがまったく日常的で、特別な存在ではないところが沖縄のすごいところなのである。
まるで、そのへんにいる“職人”みたいな扱いなのである。
また、“神人 (カミンチュウ)”という一族がいたりもするのである。
ふつう、「ユタは一代」といわれるように、霊的な能力は遺伝しないようなのであるが、この神人と呼ばれる一族は、けっこう代々、その種の職業に就いたりしているのである。
最近、沖縄で人気のスピリチュアル・スポットに、久高島(くだかじま)があるのである。
久高島には、“イザイホー”と呼ばれる12年に1度の大きな神様行事があるのであるが、最近は継承者がいないため、1978年以降、開催されていないのである。
当時から、なぜか神人の一族にも、霊的な能力が遺伝しなくなりつつあるということを噂に聞いた。
ただし、NHKドラマ『ちゅらさん』に出てくるような、電話がかかってくることを予言するようなオバアたちは、沖縄にはまだゴロゴロといるのである。
また、沖縄は離婚率が日本一高いところとしても有名なのであるが、女性陣がとても働き者だとすると、男性陣はとてもナマケモノで(失礼)、昼から泡盛を飲み、三線を弾いているオジイは多数いるのである。
ある朝、私はモーニングを食べるべく、レンタカーを運転し、海沿いのカフェを探していたのである。
そして、とあるカフェに行って、そのドアを開けた瞬間、カフェの中がどんちゃん騒ぎなのである。
「まぁ、朝からスゴイ‥‥!」と思ったのであるが、これは間違いであった。
正しくは、朝からではなく、きのうの夜からずっとだったのである。
15人ぐらいのハイテンションのおじさんたちに混じって、モーニングを食べるのであるが、当然、泡盛をすすめられるのである。
クルマで来ていることなぞ、おかまいなしなのである。
以来、これがトラウマになり、朝の喫茶店は、用心深く、注意して、入ることとした。
また、急ぎで病院に行かなければいけないとき、那覇の空港から名護までタクシーに乗った。
1万円ほどかかるのであるが、「猛烈に」感謝されるのである。
そして、運転手は必ず言うのである。
「これで、きょうの仕事は上がります」。
せっかくだから、もうちょっと働けばいいと思うのであるが、その発想はないようなのである。
思い出しついでに、3回も書いてしまった沖縄シリーズも、今回でいよいよ完結なのである。
2008年5月17日 00:00